園長からの挨拶
国立療養所邑久光明園のホームページにようこそおいでくださいました。
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国立療養所邑久光明園長 畑野研太郎
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邑久光明園は全国に13ヶ所あるハンセン病をかつて患ったことのある方々のための国立療養所のひとつです。
しかし、邑久光明園に入所しておられる方々は、今はハンセン病の患者さんではなく、検査でもハンセン病を起こす菌が陽性の方はおられません。すでにハンセン病の治った方々=回復者です。しかし多くの方々は、ハンセン病による後遺症を残しておられ、しかも高齢化しています。2009年12月1日現在、平均年齢は81.7歳です。
ハンセン病療養所が存続している理由のひとつは、これらの高度重複障害のためであります。考えてもみてください。もしあなたに視力障害があるとすると、どのようにして日常生活をおくられることになるでしょうか。手の感覚、足の感覚の助けを借りてどこを歩いているか、何を持っているか、探りながら生活していかれることでしょう。これも大変な生活であると思います。しかし、ハンセン病の後遺症のために視力障害を持つような方の多くが、同時に手の感覚、足の感覚を失っておられるのです。そうすると日常生活のちょっとした動作にもその何倍もの苦労が伴うことを想像していただけるでしょう。何十年と生活してこられた園から社会復帰するには、身体的な障がいがなくても大変な勇気が必要とされます。ましてこれらの高度重複障害を残されているとまず不可能と思えるでしょう。
しかし園が存続している理由は同時に、かつて行われた強制隔離政策のいわば罪滅ぼしのためであるといえると思います。強制隔離の法律は、じつに平成8年に廃止されるまで89年間続いてきました。現在園内に生活しておられる方々は、「ハンセン病という病気になったために終身刑を受けた」も同じことでした。つい最近、小学生の施設見学がありました。その時にある生徒さんに『「どうして君はかぜをひいたのだ。じつにけしからん」と君にいう人があったとしたらその人のことをどう思いますか?』と質問しました。「そんなことを言う人のほうがおかしい」というのがその答えでした。そのとおりだと思いますが、ハンセン病の強制隔離はそれと同じことを国家規模で実施してきたということです。少なくとも、ハンセン病の治療法が発見され、またハンセン病の感染が簡単には起こらないことがはっきりしてきた後もこの法律は存続してきたのです。しかもかつては、その園を運営するのに必要な仕事の多くの部分も入所者たちにより担われてきました。これはまるでナチス下にあったユダヤ人のゲットーを思わせるような構造でした。これらの入所者たちは園内で結婚しても子供を作ることを許されませんでした。このように様々な人権侵害により人生の大部分を失わされた入所者の方々が、失ったものを取り戻すことは不可能にしても、少しでも幸せな「今」を生きていただくために、私たちの園は存続し、私たち職員も働いているのです。
もし興味を持ってくださった方がおられたら、どうか邑久光明園を訪問してください。見学や訪問や交流については、庶務課に問い合わせてからおいでください。そのほうがより充実した時間をもつことが可能であると思います。人権はとても大切なものです。しかし同時にとても難しい課題です。回復者の歴史・闘いから多くのことが学んでいただけると思います。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
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