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園長からの挨拶

国立療養所邑久光明園のホームページにようこそおいでくださいました。

photo 国立療養所邑久光明園長
畑野研太郎

 邑久光明園は全国に13ヶ所あるハンセン病をかつて患ったことのある方々のための国立療養所のひとつです。
 しかし、邑久光明園に入所しておられる方々は、今はハンセン病の患者さんではなく、検査でもハンセン病を起こす菌が陽性の方はおられません。すでにハンセン病の治った方々=回復者です。しかし多くの方々は、ハンセン病による後遺症を残しておられ、しかも平均年齢で82才をこえるほど高齢化しておられます。

 ハンセン病療養所が存続している理由のひとつは、高度重複障害の方々が多いということです。これは、現在入所されている方々が、有効なハンセン病治療が開発される前や直後に発病された方々であるからです。ハンセン病は、現在は早期発見・早期適正治療によって完全に治る病気となりました。事実、途上国において現在も発病しておられる方々の8割以上の方が後遺症無く完治し、不幸にして後遺症を残した方々も軽度の後遺症である場合が多いのです。しかし、昔はそうではありませんでした。
 想像してみて下さい。もしあなたに視力障害があるとすると、どのようにして日常生活をおくられることになるでしょうか。手の感覚、足の感覚の助けを借りてどこを歩いているか、何を持っているか、探りながら生活していかれることでしょう。これも大変な生活であると思います。しかし、ハンセン病の後遺症のために視力障害を持つ方の多くが、同時に手の感覚、足の感覚をも失っておられるのです。そうすると日常生活のちょっとした動作にも、普通の視力障害者の何倍もの苦労が伴うことになるのです。何十年と生活してこられた園から社会復帰するには、身体的な障がいがなくても大変な勇気が必要とされます。ましてこれらの高度重複障害を残されているとまず不可能と思えるでしょう。
 しかし園が存続している理由は同時に、かつて行われた強制隔離政策のいわば罪滅ぼしのためであるといえると思います。強制隔離の法律は、じつに平成8年に廃止されるまで89年間続いてきました。現在園内に生活しておられる方々は、「ハンセン病という病気になったために終身刑を受けた」も同じことでした。最近は小学生の施設見学も増えてきました。その時にある生徒さんに『「どうして君はかぜをひいたのだ。じつにけしからん」とあなたに言う人があったとしたら、その人のことをどう思いますか?』と質問しました。「そんなことを言う人のほうがおかしい」というのがその答えでした。そのとおりだと思いますが、ハンセン病の強制隔離はそれと同じことを国家規模で実施してきたということです。こういった強制隔離は、非常に死亡率の高い特別の病気で一定の短時日以外には適応されませんでした。その上、ハンセン病の治療法が発見され、またハンセン病の感染が簡単には起こらないことがはっきりした後もこの法律は存続してきたのです。しかもかつては、その園を運営するのに必要な仕事の多くの部分も入所者たちにより担われてきました。これはまるでナチス下にあったユダヤ人のゲットーを思わせるような構造でした。これらの入所者たちは園内で結婚しても子供を作ることを許されませんでした。このように様々な人権侵害により人生の大部分を失わされた入所者の方々が、失ったものを取り戻すことは不可能にしても、少しでも幸せな「今」を生きていただくために、国の責任として私たちの園は存続し、私たち職員も働いているのです。
 もし興味を持ってくださった方がおられたら、どうか邑久光明園を訪問してください。見学や訪問や交流については、庶務課に問い合わせてからおいでください。そのほうがより充実した時間をもつことが可能であると思います。人権はとても大切なものです。しかし同時にとても難しい課題です。回復者の歴史・闘いから多くのことが学んでいただけると思います。

 最後まで読んでくださってありがとうございました。